トップページ > 樹を見る・診る > 驚異の生命力、大島のサクラ株
和 田 博 幸
東京の都心部から南約120kmの沖合にある伊豆大島には、樹齢800年※といわれるオオシマザクラの古木があります。この桜は「大島のサクラ株」といい、1935(昭和10)年に国の特別天然記念物に指定されました。 島の北東部、泉津地区にあり、地元では「サクラッ株」呼ばれ、天然記念物に指定されるずっと前から大切に保護されてきました。昔は、房総方面から大島に向かって海を渡る時は、この桜を目印に航海したといわれるほどの大木だったそうです。現在は都立大島公園の一角となり、東京都が管理しています。
サクラッ株は元株と呼ばれる最大の太さを誇る株とその周りに立ち上がった3本の桜で構成されています。 中心となる元株は樹高6.5m、胸高幹周6.95m、最大樹冠は9.5m(南−北)、最小樹冠7.3m(東−西)で、主幹が朽ち太枝が横たわり、一見するとあまり管理されていない古木の印象を受けますが、この桜の本来の価値は、朽ちて横たわった枝と周囲に立ち上がった3本の桜にあることはほとんど知られていません。 私も調査(2004年6月)に携わるまでは写真で見るしかなく、「何できちんと保護、管理しないのだろう…」と思っていました。 しかしサクラッ株は、自身の生命力と地元の管理があってこそ、今の形に姿を変えながら生き延びてきたことが、調査したことで分かったのです。
桜株は、もとは一本のオオシマザクラの大木だったと思われます。 現在、元株の主幹は高さ約2mから上が枯れ、太枝が北東方向に伸び、立ち上がっていましたが、これも2004年5月29日に強風で倒れてしまいました。 この元株とは別に東、西、北側の離れた場所に各1本ずつ上に伸びた幹があります。 これらは元株と連なったようになっており、何年も前に元株の枝が台風などの強風で折れ、後にその場所で立ち上がったものと思われます。 その過程ははっきり断定できませんが、おおよそ次のように想像できます。
この過程は小さな規模ですが今でも見ることができます。 北東方向に横たわった太枝から出た小枝が折れて地表に接し、この小枝が腐朽する過程で中を不定根が伸び、地面に根を下ろしているものがあります。(写真参照)
桜は不定根を出しやすく、不定根を地に下ろすことにより生き長らえやすい樹木ですが、サクラッ株ほどに見事な生命の維持と更新を図っているサクラは他に類を見ることがありません。 この生命力こそがサクラッ株の価値であり、非常に貴重なものといえます。 それと大島の湿潤な気候と清潔な土壌、開発や花見客が少ないなどの環境の維持があってこそサクラッ株が生き長らえている理由と思われます。
サクラッ株は3月下旬には花を咲かせます。この時期大島ではツバキの花も併せて見ることができます。是非一度、驚異の生命力を持つサクラッ株を見に行ってください。
※正確な記録として残されているものはありませんが、地質学的には1552年(天文21年)噴火の溶岩流の植えに生えていることから、それ以後のものと思われます。 また、役の行者のお手植えという伝説もあり、役の行者が699年に伊豆に流され、その時のお手植えということであれば、樹齢は1300年となります。